キューバの持続的循環社会から学ぶ身土不二研究会(通称キュバらん会)


●「身土不二研究会(通称キュバらん会)」設立趣意書

会長 高橋正征 (高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科教授)

21世紀は「食料の世紀」と言われ、世界規模の人口増加に伴う食料不足にどう対処するかが、人類に課せられた最重要課題の一つです。翻って我が国の現状 を眺めると、食料自給率は40%前後となり、多くを海外からの輸入に依存する状況です。欧米先進国の食糧自給率が軒並み100%かそれに近い状況に比べて異常です。さらに、昨今顕著となって来た地球規模の異常気象や水資源の枯渇 の問題、加えて隣国中国の存在感の増大を考えると、将来的に海外に現在のレベルで食料を依存し続ける事は不可能だと思われます。真剣に日本国内での最低限の持続的食料自給体制の方策を探る時期に来ている事はたしかです。

以上のような認識に立ち、40%という低い食糧自給率から、世界で初めて食料自給体制を曲がりなりにも驚異的に実現したカリブ海の島国キューバを対象に、市民レベルで学ぶべき点を整理し、日本型食料自給体制を創るための情報センター的役割を果たす集まり「身土不二研究会:通称キュバらん会」を設立したいと思います。キューバはソ連邦の崩壊という外圧により食糧自給率向上を達成しましたが、私達はキューバの例を参考に内外圧を受けることなく自らの努力工夫で食糧自給率を向上させ、持続的循環型社会をつくるための多くのヒントや「種」をキューバから学ぶことができると考えます。


●具体的な注目点

1.約40%の食料自給率であったキューバが、ソビエト連邦の突然の崩壊を契機に食料自給を達成した事に注目し、
  キューバの地域市民社会における自給達成のノウハウを調べます。
2.キューバでの食糧自給率の向上では、肉食から穀物食への食生活の変化も伴っていて、その具体的な方法を調べます。
3.食料生産方法並びに使用後の廃棄物処理についても情報を収集し、地域市民社会の環境共生力の向上を目ざします。
4.高知県を対象に、現状の食料の物流を整理し、キューバの経過を参考にしながら、各種の食料自給率向上に効果的な
  基本食料供給システムを考えます。

 

●第2回キューバ現地調査報告(2006年3月)

(文責・高橋正征)

1. はじめに

地球環境にとって最も重要な課題は正常な物質循環を維持することである。しかし、食料を始めとした物流のグローバル輸送は地球の物質循環の異常を拡大している。日本は年間約7億dの物資を海外から輸入し、輸出は1/10の約7000万dに過ぎない。食料品もカロリーベースで自給率は40%程度しかなく、先進国の中では際だって低い。水産物の自給率も50%程度である。輸出入の際の金額の入超や出超の行き過ぎは真剣に検討されるが、物質の入・出超はほとんど注目されないといってよい。物質の入超は、買い込むだけで出さないのだから、やがてはゴミになってそれが周囲にあふれる。
さらに、食料の自給率の低さは、国の安全保障の上からも危険である。

国の食料自給率の向上はもちろん重要であるが、国内での地域自給率の大幅な偏りも問題である。日本では首都圏を始めとした県庁所在地への人口集中が進んで、大都市の地域食料自給率が著しく低下し、国内での地域による食糧自給率の大きな格差を生んでいて、これも国の自給率の低下の加速要因の一つになっている。したがって、日本では、市町村レベルの地域食料自給率を向上することも国レベルとあわせて鍵になる。

19世紀の農業革命と産業革命以来、物質のグローバル大量移送が世界的に定着し、その結果、それまでの地域循環系が乱されて現在に至っている。物質文明が著しく進んでしまった現在、自給自足的に物質循環系が維持されていた昔の社会にそのまま戻すことは、ある意味で人類の夢を塞ぐことにつながり、賢明な選択肢とはいえない。したがって、近代型の循環社会モデルの構築が望まれる。その可能性の芽やヒントを見出すことが現在のキューバに期待できる。

1990年以前のキューバは、食料自給率が現在の日本と同じ40%であった。それが1991年のソ連邦崩壊によって、食料輸入が突然に途絶え、さらに肥料・農薬・農業機械・機械を動かす石油や各種の部品類、ありとあらゆるものの輸入が止まった。状況としては「兵糧責め」であり、農工業生産・市民生活などに必要な「物資封鎖」である。それまでも、キューバは米国による経済封鎖状態下にあり、ソ連邦の崩壊で足長おじさんの支援も失う結果となった。こうした状況下で、キューバは一人の餓死者も出さないで、わずか10年足らずの間に100%の食料自給を達成した。したがって、キューバは国及び地域の物質循環の正常化と維持のための参考モデルの可能性が高い。

昨年度の第1回現地調査により、
(1)キューバでは突然の食糧難に対して、従来の肉・穀物食中心から菜食化を推進して食料利用効率を上げ食料自給率向上を
   進め、特に、
(2)都市農業を開発奨励して、人口の集中している都市部での野菜を中心とした食料確保を図っている様子が確認された。
   一方で、
(3)動物性タンパク源は豚・鶏肉に偏重して多様性に欠け、市内のマーケットを見ても水産物がほとんど見られず魚食文化の
   貧弱さを痛感した。さらに、
(4)ソ連邦崩壊による突然の食糧不足の解消を目指して緊急輸入されたヒレナマズが養殖池から流出して現地生態系に侵入し,
   その結果、
   生態系を攪乱してキューバ固有種の絶滅の危機が生まれた。
(5)キューバの生物相把握の著しい立ち後れが明らかになり、速やかな調査の必要性が確認された。
   ただ、キューバの音楽に感じられるように、
(6)キューバの人たちの天性の明るい前向きな国民性と、
(7)熱帯という気候風土が高緯度域に比べて生存の危機感を和らげ、様々な困難を克服するエネルギーを生み出し、
   これまでの大きな成功の要因になっていることを感じた。

そこで、キューバの食料生産と利用の現状を中心に、更により詳細に把握し、将来の日本の食料問題などの解決方向をキューバの研究者とともに考える。また、キューバに魚食文化の普及をはかって食生活の多様性を増大させて食生活の安定する方向を検討する。同時に、キューバ国内の動植物相の把握努力を進める。といった、一連の努力をしていくことにした。

具体的には、ハバナ大学の研究者と共同でキューバをフィールドとして研究を進める。特に、
(1)Zapata湿地を中心とした動植物相の把握
(2)Zapata湿地でのヒレナマズの分布状態の把握
(3)ヒレナマズの捕獲方法の検討
(4)キューバ社会におけるヒレナマズの食料利用の工夫と普及、を中心に研究を進めていくことにした。

2. 調査・研究

2.1.第1回キューバ現地調査資料の整理並びに次回現地調査の事前準備

2005年2月19日(土)から3月1日(火)に第1回のキューバ現地調査を実施し、得られた資料・情報を整理して、2005年6月4日(土)14:00〜16:00に高知大学朝倉キャンパス内のメディアの森「視聴覚ホール」において身土不二研究会(通称、キュバらん会)主催で調査結果を報告した。現地調査を担当した、高橋正征(高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科)は「キューバに探る安心な社会とは?」、山岡耕作氏(高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科)は「キューバの魚食と水産業について」、大谷和弘氏(高知大学大学院黒潮圏海洋科学研究科)は「キューバで見たもの、見えたもの ―キューバの医・食・住・楽―」と題してそれぞれ内容を紹介した。

第1回キューバの現地調査を機会に、共同研究を行うことになったハバナ大学海洋研究所助教授Dr. Rogelio Diaz Fernandez等とメールなどにより情報交換を進めて当面の共同研究の問題点を絞り込み、2006年1月14日〜18日に、
Dr.Rogelio Diaz Fernandezを高知大学に招聘し、細部を詰めた。

2006年1月15日(日)には、高知大学第3回物部キャンパスフォーラムの機会を利用して、「持続型社会への試み:日本とキューバの経験から」をテーマに選んで、それまでのキューバでの調査・研究内容、及び関連の研究者に依存した研究紹介のための講演・討論会を物部キャンパス農学部5−1号教室で公開開催した。フォーラムでは、先のハバナ大学海洋研究所助教授のDr. Rogelio DiazFernandezが「キューバで魚は食べられているの?」、神奈川大学文学部ラテンアメリカ現代史専攻の後藤政子教授が「キューバの野球はなぜ強い?―スポーツ政策にみる持続可能な社会―」、有機の学校・土佐自然塾塾長の 山下一穂氏が「持続型社会食糧自給から」、河川生物調査コンサルタントの高橋勇夫博士が「天然アユをまもるということ」、高橋正征が「地球環境を考えた楽しい生活の工夫」と題して講演し、それをもとにして参加者を含め活発に討論した。

第2回のキューバ現地調査を、Dr. Rogelio Diaz Fernandezらとメール交信などで内容を煮詰めて準備した。

2.2.第2回キューバ現地調査

2006年3月14日(火)から3月25日(土)まで、高橋正征、山岡耕作氏、大谷和弘氏、松崎武彦氏(財団法人高知県産業振興センター研究開発コーディネーター、高知大学客員教授)、神田優氏(NPO法人黒潮実感センター長、高知大学客員教授)の5名でキューバの第2回現地調査を実施した。キューバ国内の滞在は、3月15日(水)〜23日(木)までの9日間。

2.2.1.調査・訪問先と内容

3月15日(水)

ハバナ大学海洋研究所助教授のDr. Rogelio Diaz Fernandez並びに旅行社Brisa Cubana Co., Ltd. 瀬戸くみ子代表と調査の全体スケジュールの最終確認と調査内容についての詳細な打ち合わせをおこない、その後、必要な連絡調整と、レンタカーを確保した。
キューバ人はホテルの宿泊が法律上不可能ということで、Zapata湿地とTrinidadでは民宿を利用することに決定。

3月16日(木)

ハバナ大学海洋研究所を訪問し、所長の Dr. Maria Elena Ibarra Martinを表敬訪問。その後、キューバ固有魚種(Cuban gar)の研究者のDr. YamileComabella Sotoから研究内容の紹介とZapata湿地の状況の説明を受ける。

3月17日(金)

全員でハバナ大学を訪問し、副学長(国際担当)のDr. Cristina Diaz Lopez教授を表敬訪問し、ハバナ大学と共同研究を今後も引き続いてより緊密に進めていくことを再確認。

Dr. Rogelio Diaz FernandezとDr. Yamile Comabella Sotoらとともに、全員でZapata湿地に移動し、現地管理事務所でAndre氏からキューバへのヒレナマズの移入とZapata湿地への侵入と分布の拡大状況の詳細な説明を受ける。

3月18日(土)

Dr. Rogelio Diaz FernandezとDr. Yamile Comabella Sotoらとともに、Andre氏、Zapata地区の獣医の最高責任者であるBeiyo氏らの案内で、全員がZapata湿地のLa Salina地区に出かけて、野生の鳥類を観察。
鳥の観察の後、全員が船で運河と河川を伝いながらZapata湿地の現地調査。Cuban garとヒレナマズの分布状況と、湿地全体の状況の把握。山岡・神田・Sotoの3氏は、ダイビングで水中の状況を観察し、ビデオ及び写真撮影。

3月19日(日)

Dr. Rogelio Diaz FernandezとDr. Yamile Comabella Sotoらとともに、全員でAndre氏のCuban garの飼育施設を見学。
Dr. Rogelio Diaz FernandezとDr. Yamile Comabella Sotoらとともに、全員でユネスコ世界都市遺産のTrinidadへ移動。
途中、カリブ海側の海岸の状況(生物相を含めて)を観察。

3月20日(月)

全員でTrinidadの市内の建築物並びにマーケットなどの見学。

3月21日(火)

Dr. Rogelio Diaz FernandezとDr. Yamile Comabella Sotoらとともに、全員でハバナへ移動。

3月22日(水)

Dr. Rogelio Diaz Fernandezとともに、全員でMatanzas Bayを訪ね、1920年代にフランス人科学者G. Claudeが世界初の海洋温度差発電実験を行った場所を探して見学。

2.2.2.キューバでの現地視察

株式会社ブリッサ・クバーナ(Brisa Cubana Co., Ltd.、代表、瀬戸くみ子);今回は、キューバ滞在中の全行程の必要な旅行の手配(レンタカーの借用手配を含め)を依頼。

ハバナ大学海洋研究所助教授の Dr. Rogelio Diaz-Fernandez が大学ならびに政府研究機関などの交渉・連絡で滞在期間中ほぼ完全同行。レンタカーの運転も担当。Diaz-Fernandez 助教授の補佐として、同研究所研究員のDr. YamileComabella Sotoがほぼ完全同行。

3. 結果

Andre氏らの研究の結果で明らかになったZapata湿地へのヒレナマズの侵入経過は以下のようなものであった。

養殖用ヒレナマズの輸入は漁業省が決定し、1400万匹の稚魚が輸入され、14県に分散して養殖が試みられた。しかし、この緊急養殖で食用に供給された実績はないようである。

Zapata湿地では、1997−2000年に国立公園の北側3ヶ所を中心に養殖用施設が造られ、そこにアフリカ原産のヒレナマズ(Claria macrocephalus)が持ち込まれた。この種は、体長35cm以下の小型。その他に、大型になる東南アジア原産のC. gariepinusも持ち込まれている。2001年のハリケーンとそれがもたらした大雨で養殖池からヒレナマズが逃げ出した。2001年10月にはLagua del TosonoとRio Hatibonicoでそれぞれ1匹ずつ、ヒレナマズが確認され、11月にはZapata湿地の至るところに分布が拡大していた。2004年にはZapata湿地全域でヒレナマズの定着が確認され、塩分21‰の海水域でも定着が認められている。Zapata湿地の異なった水域で捕獲されたヒレナマズは、1匹あたり最大が1.5〜8.0kg生重あり、最も大型なものは22kg生重に達していた。

ヒレナマズは水中のものは何でも食べてしまうために、特に、Cuban gar のようなキューバ固有種の絶滅が危惧されている。キューバの動植物相の調査は不十分で、固有種の確認ができていない。ヒレナマズの繁殖と分布拡大を押さえるとともに、固有種を調べてそれらの保護の対策を作ることが喫緊の課題である。

当初、地元の漁師はヒレナマズを嫌ったが、公園管理者からのヒレナマズの漁獲が奨励され、実際にヒレナマズを漁獲して市場に出すと収入が2倍以上になることがわかり、現在ではヒレナマズの漁獲が積極的に行われるようになった。漁獲されたヒレナマズは好んで食用にされる状況が生まれつつある。今後は、漁獲圧をより大きくしてヒレナマズの生物量をコントロールする必要がある。

今回の現地調査では、海洋温度差発電の歴史的実験の行われたMatanzas Bayがハバナから比較的近い位置にあることがわかり、急遽、現地を視察することにした。フランス人科学者のClaudeは1927年暮れに自身のヨット(Jamaica)でキューバ島の周辺を巡ってMatanzas Bayを海洋温度差発電の適地として選んだ。1929年に、直径1.6mの鉄製の管を2km沖合まで敷設して、水深650mから冷水を取水し、海洋温度差発電の実験にチャレンジし、何度かの失敗を経て、1930年に深層水と表層水の14℃の温度差で10日間にわたり22KWの発電に成功した。
世界初の海洋温度差発電である。地元で、それらしい場所を聞き回ったが、知っている人は見つからなかった。歴史博物館でたずねたところ、「地元で「Mr. Claud’s swimming pool」というのがあるので、もしかするとそれかもしれない」ということになり、歴史博物館の学芸員の案内で現地を視察した。80年近い歳月を経過したにもかかわらず、取水管を通した穴、海水を溜めたと思われる大きなプール、温度差発電機を設置したと思われる土台などが、堅いサンゴ礁の石灰岩の海岸に現在もはっきりと残っていた。サンゴ礁性の石灰岩は極めて硬く、現在の技術でも難工事といわれていて、それを1世紀近く前にフランスからキューバに出かけていって成し遂げたClaudeの努力に深い感銘を受けた。

キューバの現地調査の速報は、現地でビデオ撮影した映像とともに3月28日に神田優氏がNHK高知支局から紹介した。

4. 今後の展開

今後の研究の展開として、キューバの大学海洋研究所と黒潮圏海洋科学研究科メンバー並びに学内外の関係者の共同で次のような活動を考えている。

(1) キューバのヒレナマズ問題、並びに漁業の状況などの現状紹介の報文をキューバの担当者にまとめてもらい、
   それを日本語に翻訳して隔月刊誌「海洋と生物」に掲載してキューバの状況の理解を進める。

(2) キューバの状況に適合するヒレナマズの漁獲法を日本の漁獲法・漁具などの情報をもとに検討する。

(3) キューバの状況に適合するヒレナマズの食用などの利用法の検討。すり身の普及も含めて。

(4) キューバの動植物相の調査・検討の準備。

(5) 第3回キューバ現地調査(2007年1月から3月頃)の検討と準備。

(6) キューバにおける海洋深層水の資源利用の紹介と普及の検討。

5. 高知からキューバ往復の旅費

日本からキューバへ行くには、北アメリカ経由とヨーロッパ経由との2ルートがある。北アメリカ経由には、カナダ経由、米国経由、メキシコ経由の3ルートがある。2005年の第1回,2006年の第2回の調査は、カナダ経由ルートを利用した。第1回は 関空→バンクーバー→トロント→ハバナ の往復ルート、第2回は 成田→トロント→ハバナのルート(帰路は座席がとれなかった関係で、バンクーバー経由ルートを利用)。

 往復航空運賃(割引)              約100,000円/人

 カナダでのホテル滞在費(朝食付き)1泊   約10,000円/ 人   
(夕食は別)

 キューバでの滞在費(朝食付き)

       ハバナ市内のホテル1泊        約6,000円/人 

       民宿(2人で1部屋をシェアー)1泊  約2,500円/人

ハバナまでの往復航空運賃とホテル・食事代は参加者個人負担で、現地調査のためのレンタカー借用料、ガソリン、必要な現地案内費用などは、現地調査費用として別途研究費より支出。


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